前回の続き。
日枝神社をあとにして、歩いて豊川稲荷東京別院へ。
初めましての豊川稲荷東京別院。
ここは、歴史上の偉人や多くの著名人も足繁く通うほど熱心な参拝者が多い場所だと聞いていて、いつか行ってみたいなーと思っていた場所。
"お稲荷さん"と聞くと神社のイメージが強い。わたしも最初、豊川稲荷は神社だと思っていたんだけど、どうやらここはお寺らしい。
「でもなぜ狐?」と思い調べてみると、ここでお祀りしている荼枳尼天(だきにてん)という仏教の女神様が、稲穂を担いで白い狐にまたがっている姿をしているからなんだそうな。
早く着いてしまい用事まで時間があったので、ゆっくりと中を参拝することにした。
コンパクトな門構えからは想像もつかないほど、一歩中に入ると別世界のような空間が広がっていた。
所狭しと七福神や仏様を祀る祠、お稲荷さんの石像が設けられていて、その見どころの多さにびっくりした。
見どころがありすぎて「しまった〜もっと予習してくればよかった〜」と思いつつ、目があった(気がする)お稲荷さんの石像に小さく「こんにちはー…」と挨拶しながら、順番にまわっていった。
境内の一角に「融通稲荷」と書かれたお堂があった。
黄色い封筒がたくさん入った箱が置いてあり、参拝者さんが何人か集まっていたのでなんだろうと思い説明書きを読む。このお堂には金運の神様が祀られているらしい。
お参りをしてから、この黄色い封筒をいただいて財布の中にいれて大事にしまっておくと、お金に困ることがなく融通が叶うという由緒があるんだそうな。
封筒の中には10円玉が入っている。これは融通金として一時的にお借りするものなので、一年後またはご利益があった時にお礼と共に返しにいくのが習わしらしい。
初めてお参りするお寺で金運アップを望むのもちょっと図々しいかなと思ったが、ありがたく拝借することにした。また利子をつけて返しにきます!
ひととおりすべて参拝した。
豊川稲荷、不思議な空気が漂う異空間だった。妙に惹きつけられるというか、大好きな場所になった。
時間になったので、敷地の奥の方へと向かう。
なぜわたしがこの日豊川稲荷東京別院にやってきたかというと、それは占いを受けるため!
去年「なんか占いに行きたい気分だなー」って時があって、インスタの質問箱で「おすすめの占い師さんを教えてください」とフォロワーさんに募ったことがあった。
その時に全国のおすすめ占い師さんを150件くらい教えてもらい、そのうち5〜6人の人が「赤坂豊川稲荷の占いがよく当たる!」と言っていてずっと気になっていたのだ。
曜日ごとに担当の先生が違って、わたしは今井青卯さんという方にお願いしたかった。しかし人気の先生らしく予約が全然取れず。
1ヶ月くらいちょこちょこサイトを覗いて、やっとタイミングが合って30分の予約が取れた。
小さなお部屋の中に入り、生年月日と出生時間を伝えて鑑定が始まった。品のある寡黙な印象の先生だった。
見たことのない道具と図式を使って占っていたのでまじまじと見てしまった。断易という占術らしい。
主な相談内容は、仕事のことについて。
早ければ9月ごろ、遅くて来年の2月には今の悩みも抜け出せて次のステップに動き出せてるはずと言われた。
未来のことなので現時点では当たっているかまだわからないけど、そのあと引いたおみくじに「望みごと成就する。9月より先良いだろう」と同じことが書かれていてちょっと驚いた。
全部自分のがんばり次第だけど、なんだか背中を押してもらったような気分になった。他にも「なるほどなぁたしかになぁ」と思うアドバイスを色々もらえた。明るく生きよーっと!
鑑定の最後に「あなたは文章を書くのも上手だから、自分の思ったことをたくさん書いて発信したほうがいいよ」と言われた。
単純人間だから、そう言われてこの放置していたブログをまた書き始めようと思った次第です…
全然拙い文章だけど、自分が楽しく書けたらそれでいいよね。
帰る頃にはすっかりお腹がぺこぺこだったので赤坂 希須林へ。有名店だけど何気に初めて行った。
お昼ごろに前を通りがかった時は15人くらい並んでいたけど、占いが終わって14時ごろに伺うと5分ほどですんなり入れた。
排骨坦々麺!中辛。
胡麻の風味が濃厚で、クリーミーでとってもおいしかったー!
白いご飯がサービスでつけられることを知らず、店員さんに「どうしますかー」って言われたから二つ返事でもらったはいいが、ものすっっっごいお腹いっぱいで苦しくなった。笑
もう無理動けないってくらい満腹になった。
(帰宅してから普通に豆大福食べましたが)
すっかりお腹も満たされて「赤坂はおいしそうなランチのお店がいっぱいあっていいな〜」と思いながら駅に向かっていたら、OLさん3人組とすれ違う。
「赤坂にサイゼがあったらいいのにー!そしたらめっちゃ通うのにー!!」「わかるー!」と話していた。
これだけおいしいお店が軒を連ねていても、愛され求められるサイゼリヤ。
同じサイゼを愛する者として、うんうんと静かに共感しながら帰路につくのであった。