この歳にもなると自分が今いくつだったか、一体次にいくつになるのかなかなか咄嗟に出てこなくなる。
年々自分の誕生日がどうでもいいものになっていくけれど、罪悪感なく財布の紐をゆるめて思いきり自分を甘やかすには絶好の口実になる日だ。
というわけで、この日はまず朝から美容院へ向かった。
伸びた部分を染めてもらい、縮毛矯正で髪をツヤツヤにしてもらう。胸下あたりまで伸ばしていた髪も、思いつきでなんとなく15cmほど切った。
今の長さから逆算すると、毛先の部分にあった髪は6〜7年前くらいに頭頂部にあったものらしい。その頃といえば、わたしがちょうど漫画家業を始めた年だ。
当時恋人に別れを告げられ、身を裂くような悲しみを紛らわすために寝食も忘れてがむしゃらに漫画を描いていた。
「そう考えると髪の毛ってなんだか地層みたいですね、はるか遠い昔の化石みたいな記憶がそこに眠ってる、みたいな…」なんて話で美容師さんと少しだけ盛り上がった。
髪には念がこもるという話をよく聞くけど、ばっさり切ったら気分も少し軽くなった気がした。
美容院のあとは、有楽町のビックカメラへと向かった。冷蔵庫コーナー目掛けてまっしぐら。
今まで使ってきた冷蔵庫は、168Lの一人暮らし用サイズ。調味料だけで容量の大半が占められ、野菜やら飲み物をちょっと買うだけですぐパンパンになってしまうことが地味にストレスだった。
「でも別に壊れたわけじゃないしなぁ…」となかなか買い替えることに踏ん切りがつけられないでいたところ、いろんな人に話を聞いたら一人暮らしでもファミリーサイズの冷蔵庫を使っている人が結構いることを知った。
そしてその人たちは皆口を揃えて「大きい冷蔵庫は生活の質が爆上がりする!」「冷蔵庫は大きければ大きいほどいい!」と言った。
それを聞いてますます大きい冷蔵庫が欲しくなり、ついに購入を決意。今年の自分への誕生日プレゼントは「大きい冷蔵庫」にしようと決めた。そしていざやってきた大型家電量販店。
最初は「せっかく店舗に来たんだし、店員さんに最新冷蔵庫の機能の説明をしっかり聞こう!強気で値引き交渉もしちゃおう!」と意気込んでいた。
しかし、店内のあまりの情報量の多さと蛍光灯にこうこうと照らされる空間に圧倒されて滞在わずか10分で疲れ果ててしまった。
友人のすすめでMITSUBISHIを買うことはぼんやり決めていたので、結局他のメーカーはほとんど見ることなくぱっぱと決めた。
うちのマンションの搬入経路と通路の幅の都合上、500リットルみたいな特大サイズのものは買えなかったけど、それでも容量は330リットルと今の冷蔵庫の約2倍になった。
会計を担当してくれた店員さんがとても良い人だった。この日ノースリーブのワンピースを着ていたわたしに「ここ、寒くないですか?お会計にちょっとお時間かかるので、冷房の風があたらないところに移動しますか?」と気を遣ってくれた。そういう些細な優しさがうれしいし、ちょろい客なので家電を買うならまたこの人から買いたいと思った。冷蔵庫のお届け日を決め、会計を済ませてビックカメラを出る。
すっかりお腹がぺこぺこだったので銀座にある老舗の有名パスタ屋さん、ジャポネへ。
ずっと気になっていたけど行くなかなか機会がなかったジャポネ。ランチにしては遅めの時間帯にも関わらず列ができていた。お客さんの回転が速いので5分も並ばず席に案内された。
この店の看板メニューは"ジャポネ"と"ジャリコ"というメニューだそうで、周りのお客さんもほとんどがそのどちらかを頼んでいた。後から来たサラリーマンらしき男性が頼んでいたナポリタンもおいしそうだったな。
レギュラー、ジャンボ、横綱サイズがあり「せっかく誕生日だし景気付けにジャンボでもいっちゃうか!」と思ったが、隣のお客さんのところにきたジャンボサイズがとんでもない量だったのを見て新参者はおとなしくレギュラーサイズを頼むことにした。(結果レギュラーでも350グラムもありその選択は正解だった)
太めでもちもちのパスタ麺に食欲をそそる濃いめの味付け。肉、えび、しいたけ、大葉、トマト、玉ねぎ、小松菜が入っていて具沢山で最後まで飽きさせずおいしかった。
なんだか中毒性のある味。テーブルに備え付けのやたらサラサラした粉チーズも良い味変になってぺろりとたいらげた。
髪もツヤツヤにしてもらったし、念願の大きい冷蔵庫も無事買えたし、お腹も満たされた。大満足で帰路についた。帰り道の途中、通りがかるたびに気になっていたケーキ屋さんも覗いてみた。
おしゃれなケーキ屋さん。
自分のためだけに1ピースだけ買うのはなぜかちょっと気恥ずかしく、わたしは聞かれてもいないのに店員さんに「今日わたし誕生日で…自分用においしいケーキでも買って帰ろうと思ってぇ…へへ…」とへらへら自分語りを始めてしまった。
店員さんは「わー!それは素敵ですね。おめでとうございます」と笑顔で言ってくれた。
ガラスケース越しにキラキラと輝くおいしそうなシャインマスカットのケーキ。他にも魅力的なケーキがいっぱい並んでいて、どれにしようか迷ってしまった。
「そのマスカットのケーキ、今日発売したんですよ。毎年楽しみにしてくださってるお客様も多くて、今日も結構数を出したんですけどもうほとんど売れちゃって。それが最後のひとつなんです」と店員さん。
そんな話を聞いてしまったら、もうこのケーキにする意外、他に選択肢はないだろう。
わたしの誕生日に発売したこの最後の一つのシャインマスカットのケーキを買って家に帰った。
マンションの宅配ボックスに、小さな包みが届いていた。開けてみるとガラスの醤油差しが入っていた。友人からの誕生日プレゼントだった。
それは以前、その友人のお宅でごはんをご馳走になった時に食卓に置かれていた素敵な醤油差しと同じものだった。
その友人がわたしの誕生日を覚えててくれたこともうれしかったし、日付指定で今日届くようにしてくれた心遣いや、 何気ない会話の中でわたしが「この醤油差し素敵ですね!」と言ったことを覚えててくれたこともうれしかった。
不意打ちにその温かさに触れたものだからうれしくてなんだか泣けた。
本当に心の温かい人で、こんな素敵な女性になりたいなあと、その友人に会うたびいつも思う。
ちょうど最近取り寄せたばかりの、大好きなカトレア醤油を詰め替えようと思う。大切に使おう。
夜はアイスコーヒーと一緒にケーキを食べた。ぱつんと弾けるシャインマスカットの食感と、こっくりしたピスタチオのクリームのバランスが最高だった。
最後にケーキを食べたのも、たしか去年の自分の誕生日だったかな?久しぶりのケーキは幸福の味がした。
その夜、半年前くらいに仲違いをして少し気まずくなって距離を置いていた友人から「誕生日おめでとう」とメッセージが届いた。
この半年お互いにあった出来事を話して、仲直りができた。
満ち足りた良い誕生日を過ごせた。
そんな、33歳のはじまり。